※この記事は、前回の投稿「【後編】心が壊れそうだった私が「離婚してよかった」と思えるまで」の続きにあたる派生記事です。 夫と別居してからの約半年間、LINEだけで続いたやりとりの中に、すれ違いや心の限界がどのようににじみ出ていたかを振り返ります。
「なんか最近、連絡がただの事務連絡になってきたな…」 そんなふうに感じたことはありませんか?
気づけば、LINEの通知は生活に必要なやりとりばかり。相手の表情も、声のトーンもわからないまま、ただ情報だけが行き交っていく——。その行間には、いつの間にか「もう限界」という小さなサインがにじみ出ていたのかもしれません。
私もまさにそうでした。夫と別居してからの約半年間、LINEのやりとりは、生活や育児の連絡だけでなく、夫婦の気持ちのすれ違いや限界を映し出すものでした。
最初のうちは、実務的なやり取りが中心でした。 「出張になったことにして子どもたちに説明してほしい」 「〇曜日に地域の奉仕作業があるから、区長さんに連絡しておいて」 そんな調子で、最低限の家庭の役割を分担するだけの関係。
しかし、次第にやりとりは微妙に変化していきました。短い文章のやりとりの中に、気持ちの温度差や優先順位の違いが見えるようになっていったのです。
子どもへのスマホの購入など、私の了承を得ずに夫が先走る場面が増え、それに私が不信感を募らせるという繰り返し。
さらに、家庭内の負担の不均衡について私が不満を伝えると、夫は「前みたいなびよりに戻ってほしい」と返してくる。正社員として働いていた頃のように戻ってほしい、という含みもあり、パート勤務を続けていた私にとってはプレッシャーでした。私の現状を見ようともせず、過去の姿と比較されていることに強い違和感を覚えました。
また、夫が浮気したことについて、明確な謝罪の言葉が一度もなかったことも、私の中では大きなわだかまりとして残っていました。夫婦の信頼関係を揺るがす出来事だったのに、それに対して真摯な謝罪も反省も感じられず、心の距離はさらに広がっていったのです。
そんな中、生活費や養育費に関しても話し合いが進まず、夫名義の通帳やカードを返してほしいと何度も言われるようになりました。私としては、子どもたちとの生活費を保障してもらうことが前提での管理だったのですが、私の側でも金銭面で夫を信頼できなくなっていったのです。
何より、通帳を渡してしまえば、生活費が滞っても何の保証もなくなるのではという不安が常にありました。渡さないのではなく、渡せなかった。それほどまでに、子どもたちとの暮らしを守ることに必死だったのです。
夫から「話し合いたい」「電話でもいい」と再三提案されるも、私はそれに応じられない精神状態でした。娘たちの不登校や心の問題、親の入院や葬儀など、日々の生活を回すだけで精一杯。そんな中、夫婦関係の修復に時間と心を割く余裕などありませんでした。
会うことも電話もできない。それでも、LINEでのやりとりの中からでも、お互いの温度差やすれ違いは十分に伝わってきました。返事の言葉一つ、タイミング一つに、歩み寄る気持ちがあるかどうかがにじみ出ていて、それがどんどん噛み合わなくなっていくのを感じていました。まさに、LINEの行間に「もう限界」という心のサインが浮かび上がっていたのだと思います。
LINEを読み返すと、夫の発言は一見冷静で論理的に見えるかもしれません。 しかしその背景には、「自分の正しさ」ばかりを主張し、私の苦しさや葛藤には耳を傾けない姿勢がありました。
私が離婚の覚悟を決めたのは、そんな一方通行のやりとりが限界に達したときでした。LINEで生活費や養育費の話を何度しても、結局「いったん通帳を返して。それからまた話し合いましょう」と濁される。このままでは埒が明かないと感じ、私は弁護士への相談を決意しました。
弁護士さんを通すようになってから、ようやく「対等に話し合える」という安心感が得られました。
このLINEのやりとりを通して、夫婦の関係は一瞬で壊れるのではなく、日々のすれ違いや温度差、そして無関心の積み重ねによって静かに崩れていくものだと痛感しました。短いやりとりのその奥に、気づかないうちにすり減っていった信頼と心の距離があった——そんな「行間のサイン」をもっと早く受け止められていたら、と今でも思うことがあります。
私のように、日々の連絡の中で「何かがおかしい」と感じている方がいたら、ぜひ一度、やりとりを振り返ってみてください。そこに、あなたの心の限界サインが隠れているかもしれません。
大丈夫。気づけたあなたは、もう一歩前に進めています。 あなたの心の声を無視せず、大切にしてくださいね。
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